まるで人間のように自然な言葉を発する「チャットGPT」などの生成AIが社会で話題になった今春、大阪成蹊大学のデータサイエンス学部がスタートしました。言葉だけでなく画像や映像、音声を作り出し、プログラミングもできる生成AIは、データサイエンスの枠を越えてさまざまな分野に影響し始めています。AIが進化した未来に向けて、大学はどのような人材を育てるのでしょうか。大阪成蹊大学の中村佳正学長(写真左)とびわこ成蹊スポーツ大学の大河正明学長(写真右)が対談しました。
中村学長はデータサイエンスが専門です。データサイエンスとはどのようなものか、教えていただけませんか。
中村学長 情報学や統計学を用いて、膨大なデータから因果関係とそれが意味する「価値」を読み取る学問です。経済や行政、交通、医療、教育、環境などに関して世の中にはさまざまなデータが大量に存在しますが、そのままでは単なる数字の山。統計学をフルに使い、コンピューターで処理することによって、「どの要因が最も結果に関係しているか」といったデータ相互の関係が読み取れます。データサイエンスは、データが持つ意味を見えるようにする学問だとも言えます。 私はもともと数学が専門でした。数学だけを使って解決できたのは方程式で記述される理論物理ぐらいです。人間の営みや自然現象自身はものすごく複雑で、数学だけでは解決しません。今まで手がつけられなかった部分に手を伸ばそうとしたときに、データサイエンスが必要になったのだと思います。 データサイエンスによってデータの意味が読み取れるようになると、それを判断材料に使えます。既にさまざまな分野にデータサイエンスが導入され始めています。
大河学長 私が専門とするスポーツの世界でも、データサイエンスが重要になっています。 バレーボールでは、試合中に監督やヘッドコーチがタブレットを手に持ち、相手チームの分析をして選手にアドバイスをしています。バスケットボールでも、強いチームはスカウティングコーチを複数雇い、相手の戦術などを分析して次の試合に役立てています。1戦目に20点差で敗れたチームが、翌日の同じカードで大差で勝利するケースもあります。選手の調子だけではなく、明らかにデータ分析の力です。
従来は勘と経験に頼っていた部分が、データで裏付けされてきています。データサイエンスを活用しないと取り残されてしまう時代に突入していますね。
データサイエンスの重要性が増すなか、大阪成蹊大学は今年4月にデータサイエンス学部がスタートしました。
中村学長 本学部の売りは教員です。ツイッターで「大阪成蹊大学のデータサイエンスはすごい先生をそろえているみたいだ」「どういうことだ」と話題になったようです。新キャンパスで教員の部屋と学生ゼミ室が交互に配置されていますが、1年生が入り浸っているゼミ室もあります。1期生はとても得をしていますね。大阪成蹊学園としては以前からデータサイエンスを重視し、びわこ成蹊スポーツ大学は既にデータサイエンスを導入しています。
大河学長 データサイエンスを学ぶ場合、スポーツを題材にすると入りやすいと、データサイエンスの専門家から聞きました。既にデータサイエンスを取り入れた授業の充実を図っています。さらに、来年4月のカリキュラム改編で「スポーツパフォーマンス分析コース」が新たにスタートします。データサイエンスを学んだ学生が、いずれプロスポーツの世界で活躍してくれるでしょう。
プロサッカーチームの浦和レッドダイヤモンズでは、アナリストのコーチとして卒業生が活躍しています。私たちの大学は「するスポーツ」の学校だと思われていますが、「ささえるスポーツ」の人材も輩出していきます。日本スポーツアナリスト協会という組織もあり、提携できたらいいなと思っています。
大阪成蹊大学のデータサイエンス学部と連携して、いろいろな競技のデータ分析や映像解析を学べるようになったことは強みです。スポーツの仕組みやルールはうちの学生がよく知っているため、両者がうまくかみ合うことによって戦術やフィジカルの向上が見込めます。
びわこ成蹊スポーツ大学で昨年始動したアスリートサポートステーション(ASS)は、どのような取り組みをしているのですか?
大河学長 一流のアスリートが専門機関で実施する測定と同等の高度な測定を行い、トレーニングメニューの立案などによって競技力の向上をサポートします。例えば、サッカー部では「日本一プロジェクト」として専門の教職員を軸にサポートプログラムを進めているのですが、ASSでの測定データは非常に有効です。
また、外部の利用もあります。高校の女子バレーボール部などの選手たちに来てもらい、瞬発力や全身持久力などを測定してあげると、自分たちの強みや弱みが見える化されて喜ばれます。トレーニングは「やらされている」と思いながらやるより、どこをどう改造するためにやるのか納得してやる方が効果的です。
自然な言葉や画像などを作ってくれる生成AIが話題です。
中村学長 AIはデータサイエンスの中心の存在です。新しく出てきた生成AIは、従来のIT(情報技術)の延長線上にあったデータ検索とは根本的に異なり、「現代の黒船」ともいうべきものだと認識しています。大きな変革をもたらします。
自然な言葉を発する生成AIは、あらかじめインターネット上にある言語のデータを読み込み、ある単語の次にどんな単語が続く確率が高いかを学習しています。この学習を利用し、単語を次々につなげて文章を作っていきます。データ検索ではいくつもの候補が並んでいますが、生成AIではそれらがつながって文章になってでてくるようなイメージです。
いかにも滑らかな文章が作られる点が従来の単なる情報処理とは違っていて、どうしてそのようなことが可能なのか、情報科学の研究として興味を持っています。
学問的な興味だけでは済まされず、社会でどのように付き合っていくのかという課題も生じています。大学での教育や教員の研究テーマも変化が求められるようになるため、生成AIは目下の最大の関心事です。生成AIの浸透はもはや避けられません。いかにルールを定めて使えるものにしていくかが課題です。
うまく使うことで、社会も大学もいろいろなものが大きく発展します。データサイエンスは、データとデータの間に強い関係性があると示唆するだけであって、魔法の杖ではありません。どういう理由でそんな関係性があるかということは、人間が自らのアタマで考える必要があります。
大河学長 そうですね。スポーツで例えると、人間が気付いていない作戦をAIが提案したときに、その競技の戦術を理解していないと、その作戦が本当に正しいのかどうかが分からず、うまく活用できません。
私は、仮説を立てる能力が必要なのだと思います。ある作戦で試合をしたいという場合に、データに裏付けされて正しいかどうかをAIを使って確かめるのには使えると思います。AIに使われるのではなくて、AIを使うことが大切なのではないでしょうか。
大阪成蹊大学には芸術学部がありますが、生成AIの影響はありそうですか?
中村学長 文章の場合と同じように、画像データも山のように読み込んでいて、もっともらしい絵画や、写真のように見える画像などを創り出します。画像や映像は文章に比べて訴えかける力が強いため、さまざまな問題が生じます。少し前、米国のトランプ?前大統領が警官に捕まるフェイク画像も出回っていました。 芸術学部ではかなり詳しく研究していますが、生成AIによる画像であるかどうかは、「なかなか見破れない」と言っていました。文章だと「ちょっとおかしいぞ」となりますが、映像は対策が取れないようです。どう付き合うかを考えるしかありません。
大河学長 絵を描く才能はもちろん、AIをうまく使う才能も必要になりますね。
中村学長 既に、ゲームの背景画像はAIで作り始めているようです。このようなルーティンワークはAIの得意分野です。自動化されると人間の労力がいらなくなります。人間の定型業務は減っていきます。
教育学部にも影響がありますね。
中村学長 教育の現場では今、子どもたちに1人1台のタブレットを含むコンピューターが配備されますが、先生が使いこなせていないと聞いています。そこで、ITを使いこなせる人材が求められています。
教員採用試験を受ける学生たちに話を聞くと、みんなしっかりした考えや経験を持っていて、頼もしく思いました。特にAIに関しては、教育現場での向き合い方がこれから課題になってきます。若手の先生は、自分の考え方をしっかりさせた上で、スキルを身につけていることが必須になると思います。感性が柔らかく、変化にうまく対応できる若手は、現場での存在意義は高いと思います。
私たちはAIとどのように向き合ったらいいでしょうか。
大河学長 昔は辞書を引いていたのが、今はWeb検索です。Web検索で調べた内容は、間違っているかもしれないので注意が必要です。AIは、Web検索が発展したイメージでしょうか。 AIの回答をうのみにせずその真偽を見定めることも意識しないといけません。
中村学長 そうですね。私の認識では、先輩にアドバイスを受けていたのが、AIにアドバイスを受けるように変わる感じでしょうか。先人が残したものから学ぶという意味では、先輩なのか、AIなのか、聞く相手が変わっているだけなので、怖いことはないと思います。言うことをすぐに真に受けるのではなく、自分なりに受け止めて、判断すればいいと思います。
外部との連携についてお話しください。
中村学長 企業は今、データサイエンティストだけでなく情報系全般が人手不足です。特に、今何が求められているかを理解してプログラミングができる人材が求められています。私たちの大学にもいくつかの企業や団体から連携の話をいただいています。教員の研究内容を企業向けに発信し、関心のある企業と連携できたらと考えています。
日本で最初に本格的なデータサイエンス学部を設置した滋賀大学では、企業のコンソーシアムを設立して共同研究費を得ています。教員だけでも十数人雇用しています。滋賀大学の学長はデータサイエンスが専門で、すっかり意気投合したのですが、「彦根の大学に企業が来るのですから、大阪成蹊大学ならもっと来ますよ」と言われました。確かに、非常に可能性があると思います。
大河学長 びわこ成蹊スポーツ大学は、プロサッカーのセレッソ大阪やプロバスケットボールの滋賀レイクスと提携しています。どちらもユースチームを持っていますから、成長期の子どものフィジカルデータを集めることも可能です。個人情報の扱いにはもちろん配慮し、成長期にどのようなトレーニングをしたらどういう影響があるかを分析できます。
本日お話しいただいたように、社会は新しい時代へ突入しています。そのような時代に、大学はどのような人材を世に送り出していくのでしょうか。
中村学長 今までは、たくさんのデータを知っていて、そこから何か答えを出す人材が重宝されていました。ところが生成AIが当たり前になると、そうやって得られる答えは誰もが事前に共有しているものになってしまいます。そういう時代には、誰も考えてなかったようなことを思いつく人が必要になります。本当にユニークな存在を目指すことで輝きを増すでしょう。特別な感性を持つなど、個性豊かな存在になることが大事です。そういった人材育成をしていきたいと考えています。
大河学長 スポーツを通じて、先を見通す力や自主性、世の中で生きていく力が鍛えられます。これらはAIの時代にこそ求められるのではないでしょうか。
例えばサッカーなら、90分間しゃかりきに走り続ければいいというわけではなく、先を読んで相手の出方を見ながら試合を組み立てていく必要があります。野球なら9回、マラソンなら42.195キロですね。すごい駆け引きをするので、先を見通す力が鍛えられます。
また、サッカーやラグビーなどは、試合中の選手の自主性や創造性が勝負に関わってきます。ピッチやグラウンドに出たら、一つ一つのプレーは選手自らが考えなくてはなりません。野球でも、無死一塁二塁でバントのフライを捕るかどうかはとっさの判断になります。それぞれの競技のリテラシーが求められます。スポーツで鍛えられる能力は、世の中で生きていく力につながると思っています。日本の新しいスポーツ文化を創造するような学生を送り出したいと思っています。
スポーツでは英会話が必要な場面もありますが、英語でのコミュニケーションはAIに任せて、ディスカッションや自己主張する人間力が重視されるようになるでしょう。これからは、本当に中身が問われる時代になると思います。
中村学長 創造性やひらめきで人を評価する時代が来るのではないでしょうか。今の世の中は知識量や処理能力で評価され、いろいろなことが決まっています。それが変わろうとしている。とても面白いですね。大阪成蹊大学やびわこ成蹊スポーツ大学では、アクティブラーニングやPBL(Project Based Learning課題解決型学修)を充実させています。しっかり自分のアタマで考える習慣を身に着け、自分の発想を大切にして欲しいです。将来、きっと役に立ちますよ。